この記事では「ジョジョ7部(スティール・ボール・ラン)」についての名言や名セリフを取り上げています。
かっこいい名言や印象的な名セリフ、使える名言などを掲載しているので、ぜひ最後まで読んでください。
- ジョジョ7部(スティール・ボール・ラン)の名言・名セリフまとめ
- 「飢えなきゃ」勝てない・・・ただしあんなディオなんかより、ずっとずっともっと気高く「飢え」なくては!(ジョニー・ジョースター)
- そそいでいただけますか?ディオの分を(ディエゴ・ブランドーの母親)
- ようこそ男の世界へ(リンゴォ・ロードアゲイン)
- 全てを敢えて差し出した者が、最後には真の全てを得る(シュガーマウンテン)
- ありがとうジャイロ本当に、本当に「ありがとう」それしか言う言葉がみつからない。(ジョニー・ジョースター)
- この『物語』はぼくが歩き出す物語だ(ジョニー・ジョースター)
- この脚のみで大陸を横断して優勝する(サンドマン)
- 我が心と行動に一点の曇りなし…………!全てが「正義」だ(ファニー・ヴァレンタイン大統領)
- 真の失敗とはッ!開拓の心を忘れ! 困難に挑戦する事に無縁のところにいる者たちの事をいうのだッ!(スティーブン・スティール)
- 誰かが最初に右のナプキンを取ったら全員が『右』を取らざるを得ない。もし左なら全員が左側のナプキンだ。そうせざるを得ない。これが社会だ。
- 一番の近道は遠回りだった。遠回りこそが最短の道だった(ジャイロ・ツェペリ)
- この世のあらゆる残酷さからあなたを守ってあげたい(マウンテン・ティム)
- ジョジョ7部(スティール・ボール・ラン)とは?
ジョジョ7部(スティール・ボール・ラン)の名言・名セリフまとめ
ジョジョ7部(スティール・ボール・ラン)の名言・名セリフを12個紹介していきます。
- この『物語』はぼくが歩き出す物語だ(ジョニー・ジョースター)
- そそいでいただけますか?ディオの分を(ディエゴ・ブランドーの母親)
- ようこそ男の世界へ(リンゴォ・ロードアゲイン)
- 誰かが最初に右のナプキンを取ったら全員が『右』を取らざるを得ない。もし左なら全員が左側のナプキンだ。我が心と行動に一点の曇りなし…………!全てが「正義」だ(ファニー・ヴァレンタイン大統領)
- この脚のみで大陸を横断して優勝する(サンドマン)
- この世のあらゆる残酷さからあなたを守ってあげたい(マウンテン・ティム)
- 「飢えなきゃ」勝てない・・・ただしあんなディオなんかより、ずっとずっともっと気高く「飢え」なくては!(ジョニー・ジョースター)
- 全てを敢えて差し出した者が、最後には真の全てを得る(シュガーマウンテン)
- 一番の近道は遠回りだった。遠回りこそが最短の道だった(ジャイロ)
- ありがとうジャイロ本当に、本当に「ありがとう」それしか言う言葉がみつからない。(ジョニー・ジョースター)
- 真の失敗とはッ!開拓の心を忘れ! 困難に挑戦する事に無縁のところにいる者たちの事をいうのだッ!(スティーブン・スティール)
- そうせざるを得ない。これが社会だ。(ファニー・バレンタイン大統領)
この中からいくつかをピックアップして詳しく紹介していきます。
「飢えなきゃ」勝てない・・・ただしあんなディオなんかより、ずっとずっともっと気高く「飢え」なくては!(ジョニー・ジョースター)
このセリフは、スティール・ボール・ランのサードステージでジャイロが「次は絶対に勝つ」と言ったときに、ジョニィ・ジョースターが放った名言です。
ここでジョニィが言いたいのは、ただ単に「勝ちたい」と願うだけでは不十分であり、「誇り高く、気高く」勝利に飢えることが重要だということです。
これは、どんな手を使っても勝とうとするディエゴ・ブランドー(ディオ)のようなやり方とは一線を画す考え方です。
ジョニィは、決して卑怯な手段に頼ることなく、真正面から勝負に挑む覚悟を持っています。
ただ勝つのではなく、「どう勝つのか」が重要であり、それが自分自身の誇りにつながるのです。
スティール・ボール・ランは、命がけの過酷なレースですが、だからこそ勝つためには貪欲さが必要であり、それがこのセリフに込められたメッセージです。
ジョニィのこの考え方は、単なる勝負事だけでなく、人生においても通じるものがあります。
ただ勝つだけならズルをすることもできるかもしれませんが、本当に大事なのは、自分が納得できる方法で勝利を掴むこと。
その意味で、この名言はとても深いメッセージを持っていると言えるでしょう。
そそいでいただけますか?ディオの分を(ディエゴ・ブランドーの母親)
このセリフは、ディエゴ・ブランドー(ディオ)の幼少期に登場した彼の母親の言葉です。
ディオが幼いころ、彼と母親は貧しい生活を送っていました。
ある日、一緒に住んでいた人たちの嫌がらせによって、ディオと母親の食器に穴を開けられてしまい、シチューをもらえなくなります。
そんな状況の中、ディオは仕方なく靴の中にシチューを注ごうとしますが、それを見た母親は彼を叱り、代わりに自分の手のひらにシチューを注ぐよう頼んだのです。
母親は、熱々のシチューが手に注がれれば火傷してしまうと分かっていながらも、それでも息子に食べさせることを選びました。
これは母親の強い愛情を象徴するシーンであり、同時に、この出来事がディオの人生観に大きな影響を与えたことも感じさせます。
このセリフの後、母親は病気が悪化し、亡くなってしまいます。
ディオにとっては最も大切な存在であった母親の死が、彼の人格を大きく歪めるきっかけになったとも言えます。
愛情に満ちた母親の犠牲と、それを目の当たりにしたディオの絶望が、この名言には込められており、読者の心に深く刻まれるシーンの一つです。
ようこそ男の世界へ(リンゴォ・ロードアゲイン)
このセリフは、リンゴォ・ロードアゲインの口癖のような名言で、彼が認めた相手に対して送る言葉です。
リンゴォは、「強さとは覚悟である」と考えており、ただ戦いに勝つのではなく、本当の覚悟を持つことが重要だと信じています。
彼のスタンド能力「マンダム」は6秒だけ時を巻き戻すことができる能力であり、彼はこれを使って戦いの流れを操作しながら、自分が納得できる戦いを求め続けていました。
ジャイロとの戦いでは、何度も時間を巻き戻しながらも、最終的にジャイロが覚悟を決めたことでリンゴォは敗北を認めます。
そして、負けを悟った瞬間に「ようこそ男の世界へ」と言い放ち、ジャイロの戦士としての成長を讃えました。
このセリフには、「男として生きる」というリンゴォの美学が込められています。
単に強いだけではなく、真に覚悟を持った者だけがたどり着ける境地。
それこそが「男の世界」であり、リンゴォは最後までその信念を貫いたのです。
この言葉は、覚悟を持つことの大切さを教えてくれる名言として、多くの読者の心に響いたのではないでしょうか。
全てを敢えて差し出した者が、最後には真の全てを得る(シュガーマウンテン)
シュガーマウンテンは、「手に入れたものを時間内に使い切らないと木の根になってしまう」という特殊なスタンド能力を持っています。
この能力のルールにおいて、「本当に欲しいものを手に入れるためには、すでに手にしたものを差し出さなければならない」という矛盾が存在します。
このセリフは、まさにその能力の本質を示したものであり、「一度すべてを失うことで、本当に価値のあるものを手にできる」という哲学的な意味が込められています。
この考え方は、現実にも当てはまる部分があるかもしれません。
何かを得るためには、時には大切なものを手放さなければならない。
執着を捨てることで、新しい可能性が開ける。
そんな人生の真理を感じさせる名言です。
ありがとうジャイロ本当に、本当に「ありがとう」それしか言う言葉がみつからない。(ジョニー・ジョースター)
このセリフは、物語の最終局面で、ジョニィがジャイロの最後のレッスン「レッスン5」を受け取ったときに放ったものです。
ジャイロが命をかけてジョニィに託した「完全なる黄金の回転エネルギー」を手にした瞬間、ジョニィはただただ感謝の気持ちを口にしました。
スティール・ボール・ランの旅を通じて、ジョニィにとってジャイロは師であり、友であり、人生を変えてくれた存在でした。
かつては自暴自棄になり、生きる意味すら見失っていたジョニィが、ここまでの成長を遂げられたのはジャイロの導きがあったからこそ。
そんな彼が最期の瞬間にジャイロへ向けたこの言葉は、シンプルながらも涙なしでは読めない名シーンです。
ジャイロの死は読者にとっても衝撃的で悲しい出来事でした。
しかし、それと同時に、ジョニィがジャイロの想いを受け継ぎ、自分の力で未来へ進んでいく決意をする重要な場面でもあります。
このセリフには、ただの「ありがとう」では言い表せない、深い感謝と愛が詰まっているのです。
この『物語』はぼくが歩き出す物語だ(ジョニー・ジョースター)
このセリフは、ジョニィが「黄金の回転」に初めて触れ、自分の足で立つことができた直後のナレーションです。
スティール・ボール・ランがどんな物語なのかを象徴する言葉でもあります。
ジョニィは、もともと下半身不随で「歩くことができない」人物でした。
しかし、それだけではなく、彼は心の中でも「歩みを止めていた」人間だったのです。
かつての栄光にしがみつき、自暴自棄になり、未来に希望を持てずにいた彼。
しかし、この旅を通じてジャイロと出会い、試練を乗り越えることで、自分の力で前に進むことを学びます。
過去のジョジョシリーズでは、ラスボスを倒すことが物語のゴールとして描かれてきました。
しかし、第7部では、ラスボスであるヴァレンタイン大統領を倒すことはあくまで通過点であり、最も重要なのは「ジョニィが成長し、人生を歩み出すこと」です。
このセリフは、そのテーマを端的に表しており、物語の核心とも言える言葉なのです。
ジョニィの成長を最後まで見届けたあとにこの言葉を聞くと、その重みがさらに増して感じられます。
まさに『スティール・ボール・ラン』を締めくくるにふさわしい名言です。
この脚のみで大陸を横断して優勝する(サンドマン)
スティール・ボール・ランレースへの受付を済ませたサンドマンはこのセリフを残しました。
このセリフは、サンドマンがスティール・ボール・ランレースに参加する際に放った言葉です。
馬を使ってさえ完走が難しいと言われるアメリカ横断レースにおいて、彼は「自分の脚だけで」優勝すると宣言しました。
普通に考えれば無謀な挑戦ですが、サンドマンにとってはそれが「自分の誇りをかけた戦い」だったのです。
彼は、故郷の土地を守るため、そして自らの信念を貫くためにこのレースに挑んでいました。
だからこそ、「脚のみで」という言葉には、彼の強い意志と覚悟が込められています。
このセリフを聞いたとき、多くの読者は「まるで主人公のようだ」と感じたのではないでしょうか?
実際、彼の背景や目的、そして純粋な実力を考えると、サンドマンは主人公になれるだけの要素を持っていました。
しかし、最終的に彼はヴァレンタイン大統領の手にかかり、無念の敗北を喫します。
彼の志は高く、まさに「英雄」でしたが、それでも勝てなかったという現実が、物語のシビアさを際立たせています。
サンドマンの生き様は短かったものの、彼のこの言葉は多くの読者の心に深く刻まれました。
我が心と行動に一点の曇りなし…………!全てが「正義」だ(ファニー・ヴァレンタイン大統領)
このセリフは、ヴァレンタイン大統領がジョニィと対峙した際に放ったものです。
彼は「自分の行動はすべて正義であり、間違っていない」と確信しながら戦っていました。
一般的に、敵キャラクターには「悪役」としての側面が強調されることが多いですが、ヴァレンタインは違います。
彼はあくまで「アメリカのために」という大義を掲げ、それを実現するために行動していました。
その信念は揺らぐことなく、だからこそ彼はどんな手段を使ってでも勝利を掴もうとしたのです。
このセリフからもわかるように、ヴァレンタインは自分の行動に一切の迷いがありません。
「正義」というのは一方から見れば正しいことでも、別の視点から見れば間違っていることもあります。
彼にとっては、「アメリカを最強の国家にすること」が正義であり、そのためにどんな犠牲を払おうとも、それは「正しい行い」だったのです。
ジョニィとの戦いの中で、この信念がどれほど強固なものであったかがよくわかります。
そして、ヴァレンタインは最期までその信念を貫きました。
このセリフは、彼がただの敵キャラではなく、一人の強い覚悟を持った人物であることを示している名言です。
真の失敗とはッ!開拓の心を忘れ! 困難に挑戦する事に無縁のところにいる者たちの事をいうのだッ!(スティーブン・スティール)
このセリフは、スティール・ボール・ランという過酷なレースを企画したスティーブン・スティールが放った言葉です。
彼がこのレースを開催したのは、単なる金儲けや娯楽のためではなく、人々に「挑戦することの大切さ」を伝えたかったからです。
ある記者が「誰もゴールしなかったら、このレースは大失敗に終わるのではないか?」と問いかけた際、スティールはこの言葉を返しました。
彼にとって、本当の失敗とは「挑戦せず、ぬるま湯の中で生き続けること」だったのです。
このセリフは、現実の人生にも当てはまります。何かを成し遂げるためには、必ず困難やリスクが伴います。
しかし、それを恐れて挑戦しないままでは、何も得ることはできません。
スティーブン・スティールの言葉は、読者に「失敗を恐れず挑戦することの重要さ」を気づかせてくれる、力強いメッセージになっています。
誰かが最初に右のナプキンを取ったら全員が『右』を取らざるを得ない。もし左なら全員が左側のナプキンだ。そうせざるを得ない。これが社会だ。
このセリフは、ヴァレンタイン大統領がスカーレットに扮したルーシーに対して語ったものです。
彼は、社会の仕組みを「ナプキンの取り方」という単純な例えで説明しています。
この言葉の本質は、「社会とは、最初に決断した人の行動に従わざるを得ない構造になっている」ということです。
誰かが最初に右のナプキンを取れば、他の人も右を取るしかなく、逆もまた然り。
つまり、一度決まったルールや常識というものは、なかなか覆せないという現実を示しています。
ヴァレンタイン自身は、「自分こそが最初にナプキンを取る側の人間である」と考え、大統領としての権力を駆使して世の中を動かしていく覚悟を持っています。
この考え方は支配者としての合理的なものですが、一方で「社会の仕組みに従うしかない弱者の視点」から見ると、非常にシビアで厳しい現実を突きつけられたようにも感じます。
このセリフは、ただの食事のマナーの話ではなく、「社会における権力と影響力」を見事に表現した名言です。
一番の近道は遠回りだった。遠回りこそが最短の道だった(ジャイロ・ツェペリ)
このセリフは、ジャイロ・ツェペリがジョニィに伝えた「最後のレッスン5」の中の名言です。
ジョニィとの旅を経て、ジャイロがたどり着いた一つの真理でもあります。
ジャイロは、スティール・ボール・ランの旅の中でさまざまな困難を乗り越えてきました。
そして、ゴールに近づいたときに気づいたのが、「目の前の近道に飛びつくのではなく、回り道をしてでも確実に進むことが、結果的に最も速い道だった」ということです。
この言葉は、まさにことわざの「急がば回れ」を体現したようなセリフですよね。
人生においても、近道をしようとすると逆に遠回りになってしまうことがあります。
たとえば、すぐに結果を出そうと焦るよりも、じっくりと努力を積み重ねたほうが、最終的には成功にたどり着けることが多いです。
また、このセリフは「ツェペリ家の教え」がジョジョシリーズを通じて受け継がれていることを感じさせるものでもあります。
過去のツェペリ家の人物たちも、ジョースター家に「何かを託す」役割を担っていましたが、ジャイロもまた、その伝統を受け継ぐ存在でした。
この言葉は、人生を歩む上での大切な教訓を教えてくれる、心に響く名言です。
この世のあらゆる残酷さからあなたを守ってあげたい(マウンテン・ティム)
このセリフは、マウンテン・ティムがルーシー・スティールをブラックモアの襲撃から救い出した際に、彼女へ向けて言った言葉です。
この言葉には、ただの恋愛的な意味だけでなく、「人が人を大切にすること」の本質が詰まっています。
マウンテン・ティムは、正義感が強く、誠実な男として描かれていますが、このセリフには彼の優しさと覚悟がよく表れています。
また、このセリフには、5部『黄金の風』に登場したブチャラティの父親についてのナレーションと共通するものがあります。
ブチャラティの父は「この世のあらゆる残酷さから家族を守ろうとした男だった」と語られています。
このことから、荒木飛呂彦先生の作品には「大切な人を守る」というテーマが一貫して流れていることがわかります。
マウンテン・ティムは、正義のために命を懸けて戦った男でしたが、最期はヴァレンタインの策略によって非業の死を遂げてしまいます。
それでも、彼のこの言葉はルーシーの心に深く刻まれ、彼女がその後の戦いに立ち向かう勇気につながりました。
「誰かを守りたい」という想いは、ジョジョシリーズ全体を通じて重要なテーマのひとつ。
このセリフもまた、読者の心に残る名言の一つです。
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ジョジョ7部(スティール・ボール・ラン)とは?
『ジョジョの奇妙な冒険』第7部である『スティール・ボール・ラン』は、西部劇のような雰囲気が特徴の物語です。
19世紀末のアメリカを舞台に、大陸横断レース「スティール・ボール・ラン」が開催され、その裏にはさまざまな陰謀と激しい戦いが隠されています。
この第7部は、第1部から第6部までとは直接つながっていないパラレルワールドの物語になっています。
作者の荒木飛呂彦先生は、「SBRは、第6部のラストで登場したメイド・イン・ヘブンという能力によって世界が一巡した後の話」と説明しています。
しかし、第8部『ジョジョリオン』や第9部『The JOJOLands』の展開を考えると、完全に一巡した世界ではなく、別の形で再構築された可能性もあり、ファンの間ではいまだに考察が続いています。
また、この第7部は第8部・第9部と世界観を共有しており、一部の登場人物の子孫が登場したり、重要な設定が引き継がれたりしています。
物語のルールや能力のシステムも少し変わっていて、それまで複雑化していたスタンド能力がシンプルになり、意味合いも「傍に立つもの」から「立ち向かうもの」へと変わりました。
そのため、スタンドの扱い方も変化し、銃や道具の一部として使われたり、ヴィジョン(姿)が見えないスタンドも増えたりしています。
特に主人公ジョニィ・ジョースターは下半身不随で立つことができず、従来のジョジョシリーズのような近距離パワー型のラッシュ攻撃ができないという特徴があります。
こうした新しい試みが多く取り入れられた第7部は、これまでのジョジョとは違った魅力を持ち、多くのファンに愛されている作品です。